立川談吉 二つ目昇進披露の会
最後の「俺は立川談志の最後の弟子だー!」というシャウト。
およそ落語的でも談志的でも無かったが、とうとう落語界に「アフター談志」の時代が来たことを告げる時の声として受け止めた。
今夜の登場人物でいえば、落語的とは、フワリといつものように出て来て、フワリといつものように喋り、フワリといつものように去っていった左談次であり、談志的とは、己の混乱を混乱のまま、ともすれば洗練や日常になびいてしまうところをガシっとねじ伏せ、もっともこの日この時の感情にふさわしいライブ感あふれるドキュメントとしての芸を見せ付けた談笑ということに、なるか。
談吉の「鼠穴」を、「よくやった」にしろ「まだまだ」にしろ、内容に関する感想を抱くことにあまり意味が無いような気がして、それよりも全編、大声でシャウトするように語る人情噺(別に談吉がずっと怒鳴っていた訳でも無いし、鼠穴が本当に人情噺にカテゴライズされるものかも関係ない)というスタイルが、印象的だった。
落語的でも談志的でも無く、あえて言えば、非常にロック的なというか、クラシックなメロディーをスピード感溢れる爆裂サウンドにのせる、という類似点で連想したことを書くと、「メロコア落語」とか勝手に名付けたくなった。
これが、この日だけのものなのか、この先の立川談吉の一つのスタイルになっていくのかはわからないが、2008年に談志の門を叩き、2011年にその最期に立ち会ったという少々変わった経歴の青年が、話芸のプロとして「アフター談志」の時代をどうサバイブしていくのか、という部分で、今後に興味を抱かせる高座だったと思う。
客席にいるぼく個人の歴史としても、談吉のシャウトと共にはじまった「アフター談志」の時代にどんな夢や希望や感動が待っているのか、楽しみにしていきたい。
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