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2009/01/08

仕事は個性でやるもんだ ―考える(2)

ウチの会社は社長とぼくと後輩くんの3人が常勤という零細企業です。その後輩くんは一昨年にwebの社員募集で雇いました。一応、社員募集の担当はぼく(もちろん決定権は社長にありますが)で、募集広告にはあることないこといろいろ載せて、面接でもあることないこといろいろ言ったわけですけど、そのうちの一つが「仕事は個性でやるもんだ」というもの。

というわけで、「個性」ですよ「個性」。みんな好きでしょ、この言葉。ここであえて定義はひきません。みんなが知ってるその「個性」ということでいいですよ、とりあえず。

ただ「ぼくの個性」といった場合、その内容を決めるのはぼくではないんですよねえ。ぼくが考える「ぼくの個性」には必然的に「こういうものがぼくの個性であってほしいもの」が多く含まれ、「あまりぼくの個性であってほしくないもの」が安めに設定される傾向を免れません(そこで「あまりぼくの個性であってほしくないもの」を認めなくもないよという一見「自己に対しても懐疑的かつ謙虚」な書き方をするってのも「こういうものがぼくの個性であってほしいもの」というわけで^^;)。なので、ぼくが「仕事は個性でやるもんだ」と平然と言い放つことができたのは、「あなたの個性」があなたの思うとおりに通用するとは限らないけどね、という意地悪を含んでいたからでして、そこに偉そうだけど四六時中ぼくと一緒に仕事をしなきゃならない可哀相な方(!)へのハードルを設けたつもりでした。

まあ、それはそれとして。
その後輩くんとクライアント様のところへ打ち合わせに行ったときのこと。帰り際、ふと見てみるとクライアント様に出していただいたコーヒーをまったく口も付けずにそのままにしてるのが目に入りました。
翌日だったか、やさしい先輩のぼくは「先方さんで出された飲み物にはせめて口を付けてね」とやさしく後輩くんに言いました。予想通り彼は「コーヒー飲めないんです(だか、嫌いなんです)」と応えました。やさしいぼくは「それは知ってるけど、例えばぼくらが仕事で付き合いのある○○さんっているじゃん。彼もコーヒー嫌い、というか飲むとお腹の調子が悪くなってしまう体質らしいんだけど、それでもクライアント様の前では2、3口は飲んだりしてるんだよ。儀礼という面もあるし、きみにもできればそうして欲しいんだよね」と、さらにやさしく説得しました。彼の応えは「そんなの飲む方がおかしいよ」でした。ここでやさしいぼくはやさしくキレて怒鳴りました(笑)。「ここがオマエの世界だったらオマエのルールに従ってやるよ。だがな。この世界のルールを支配してるのは、オレでもオマエでもねえんだよ。だったらオマエがオマエのルールの世界をつくれるようになるまでは、この世界のルールに従え!」
いやあ、嫌な先輩(笑)
でも、そんときにその後輩くんには言いませんでしたけど、たとえば「理不尽なルール」を前にしたときに試されるのが「個性」なんです。そしてその「個性」を使って「理不尽なルール」をクリアーすることが、「仕事」をすることなんです。もしかしたら「理不尽なルール」をクリアーしない/できない理由に「個性」という単語を使う人もいるかもしれません(過去に自分がそうしなかった自信もありません)。でも、そこで得られるのは「仕事」ができなかった自分を正当化する「言い訳」を一つ増やしたというだけで、多分そういうことを「仕事は個性でやるもんだ」とは呼ばないでしょう。ぼくの大好きな探偵スペンサーはかつてこう言いました。「あなたは好きなことしかしないの?」と問われて「ああ、好きなことしかしない。ただし、すごく好きなことをするために、あまり好きではないことをすることはある」と(記憶だけで書いてるので正確じゃないと思いますが)。端から仕事を「嫌だけど我慢しなきゃならないこと」と考えてる人にはわからないのかなあ、とも思います。でも例えどんな仕事であっても採用する側―その多くはすでにその仕事で禄を食んでいる人間にとって、そういう考えの人が「新たに雇いたい人材」と思えるかどうか、一緒に働く仲間として迎えたいかどうかは・・・ねえ、わかりそうなもんですよね。

んんん。でもこうして改めて書いてみると、おれ、嫌なこと言ってるなあ。でも、やるんだよ。

「誰かのルール」に縛られて窒息しそうな「自分の個性」を解放してあげたいんならば、「誰かのルール」をクリアーしなくちゃ次のステージへは進めません。しかし、それは逆なんです。「誰かのルール」、「理不尽なルール」をクリアーするために、デフォルトで持ってる「武器」は「個性」以外には無いんだから。それをクリアーして次のステージへと進むためにこそ、「個性」を発揮するべきです。もしもその大切な「武器」を逃走用に消費してしまったら、今のステージはずうっとクリアーできないままになっちゃうよ。そして想像の範囲内では、ぼくらそれぞれの人生のラスボスの前で「切り札」になるのも、やっぱり「個性」ってことになるわけで。「個性」ってのはうかつには使えないけど、徐々に鍛えて、「もうこれしかない」って局面で、その状況に対応できるカタチにしとくってのが、正しい使い方のような気が、ぼくはする。で、そのことを「仕事は個性でやるもんだ」とぼくは言いたい。そして、また書いちゃうけどその「個性」がどういう「個性」かは自分じゃ決められない。要はこの世は自分だけのチカラじゃ渡っていけない、ってそういう当たり前のことを、思ってるだけなのかもしれないね。

ちなみに、ぼくがやさしく叱りつけた後輩くんは、叱ったことも忘れてたある日の打ち合わせ後、ふと見たらクライアント様が出したコーヒーを飲み干してました。やるじゃん、オマエ。たとえそれがぼくに対する反抗心だろうが、この世界に対する反発心だろうが、それをさせた「オマエの個性」をぼくは認める。説教臭い先輩で悪かったけど、良かったかも(^^)

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