先日、またいつものように深夜の居酒屋で熱いプロレス/格闘技トークを繰り広げてたときのこと。ハッスルだ、ドラゴン・ゲートだ、WWEだ、みちのくだ、ノアだ、DDTだ、UFCだ、プライドだ、と一通り話したあとで、友人がふと「で、夏さんは全部のプロレス/格闘技団体(イベント)の中でどこか一つだけっていったらどこになるの?」と訊いてきた。ふいをつかれて、ちょっととまどい、2秒ほど考えて、出てきた答えは自分でも意外な気もしたが、同時にやっぱりそうかと自分の無意識に納得もできた。「新日本プロレスだな」、それがそのときの答え。
5・14東京ドーム。ぼくはパスしたので、自分の目で見ていないけれど客入りは惨憺たるものだったらしい。ゲスト参戦した武藤が試合後の公式コメントで「自分がいたころは、もっと入っていた」なんて発言し、それがとりたててセンセーショナルにもならないくらい当然のこととして、各紙(誌)面に載っていたっていうのも、なんかすごいけど、もうそんな存在になっちゃったということなんだな、新日本プロレスが。
地上波「ワールドプロレスリング」も一応チェックしているが、試合がどうとか構成がどうとか以前に新日本とテレ朝の“やる気”がまったく見えないつくりで、もうそれはそれは酷いありさま。
一方で三沢vs川田の一騎打ちが発表されたノアの7・18東京ドームは、少なくともプロレス業界内(ファンを含む)では最上級の熱を放ち、最大限の期待を集めている。実数での観客動員レコードも更新しちゃうかもしれないし、三沢と川田の入場時に起こるだろう歓声の凄まじさも容易に想像がつき、考えるだけでブルっと震えがくるほどだ。かくいう5・14をパスした自称新日本プロレスファンのぼくも既にチケットを入手し、その日を指折り数えていたり・・・する(笑)。ノアが日本のプロレス界の代表であり盟主であるという主張もいよいよ現実味を帯びてた、いやもうとっくにそうなのかもしれない。
しかし、やっぱり、それでも、どんなでも、ぼくにとってプロレスといえば新日本プロレスなんだよなあ。これはもう揺らがない基準として動かないと思う。その主な成分はやはりかつての名勝負、名レスラーに負うところが大きいが、決してそれだけではない。けれども今の新日本に上がっているレスラーへの評価や期待が高いのかというと、そういうわけでも、残念なことだが、ない。じゃあぼくが何故、新日本プロレスにこだわるかといえば、それは会場の空気というか雰囲気というか、一歩場内に足を踏み入れたときに感じる「ああ、プロレスを見にきたんだなあ」という、なんともいえない充実感があるから、としかいいようがない。他のプロレス/格闘技団体が、つまらない、物足りないなんてことは全くないのだけれど、新日本プロレスの会場でしか感じないことがあるんだよね。初観戦が新日本だったから、という個人的な刷り込みでしかないといえば、まあそうなんだろう。その後に全日本を見にいったら違和感を感じたのは、単に順番の問題なだけだったのかもしれない。でもそんな分析がなんだっていうんだ。ぼくにとってプロレスは新日本プロレス。結局、結論はそれだし、それだけのことだ。
ただなあ、以前の「どこが好き?」「新日本!」「だよねえ」という時代は、そんな時代があったことすら忘れられてるかもしれない、この時代。なんなら「どこが好き?」「新日本!」「なんで?」って感じですよ。ううむ。
それだけ今の新日本に魅力がなく、また魅力がない状態があたり前になっているってことだ。いかんなあ。
今こそ、新日本再生。既に数々のスタッフ、レスラーがチャレンジしては失敗してきたこの難事業に、ネットの片隅でぼくも立ち向かってみることにしよう。
■G1クライマックスの廃止→IWGPリーグ戦の復活
とはいえ、こんな今でも年間最大のイベントとして定着している新日本最後の砦ともいうべき大会であるG1クライマックスなんだけれど・・・。思い切ってこの辺りから着手しないといけないくらいの末期癌的症状なのが今の新日本なんじゃないだろうか。思えば実はこのG1クライマックスには、最初っから違和感があった。シングルのベルトがあるのになんでそれとは別にシングルのリーグ戦なのという疑問(まあ日プロ、ワールド・リーグ戦の昔からそうなわけだが)は、特にIWGPという、実質はどうあれ、世界中のベルトを封印し、その上で新しく世界各国の代表を集めてNo.1を決める大会を開催した上で生まれたチャンピオン・ベルト(あえて野暮を書けば、というストーリーを背景に)を有する新日本プロレスのリングからは、拭いきれない。逆にG1があるから各レスラーのプッシュやストーリーが寸断され、誰が今の新日本の顔なんだかを見え辛くしている弊害すらあると思う。この際だからG1クライマックスという名称を捨て(もともと競馬からの借り物なんだし)、シングルのリーグ戦としてIWGPリーグ戦を開催、優勝者がチャンピオンということにすればいい。まずはリング上の風景をシンプルにすることからリセットしよう。
■ヘビー級/ジュニアヘビー級の統合
まあ、徐々にでいいし、しばらくはジュニアのタイトルを残しておいてもいい。ただ、なぜ「世界最高峰」ともいわれた新日本ジュニアを解体するのかといえば、それはね、ライガーがIWGPヘビー級チャンピオンになれない(なれなかった)という不文律が、かなり新日本リングの風通しを悪くしてきたと思うからだ。もうすでに遅かりし、だが、三銃士がケガや移籍などでゴタゴタした時期に同期でもあり固定ファンがいるライガーがチャンピオンになっていれば一時的にでも新日本の凋落にブレーキをかけられたんじゃないかなあ、と。別にぼくが大のライガー・ファンかというと、全然そんなことはないし、だから決して贔屓の引き倒しでもなんでもないけれど、キャリア、存在、スキル、華、といった要素を考えれば、ある時期の新日本の顔としてライガーを立てるという選択肢は絶対にあったと思う。足りないのは身長だけなわけだし。猪木にしろ長州にしろ、あるいは日本のジュニア界をつくったともいえる藤波にしても、“ヘビー級信仰”にとらわれ過ぎた。そのことで失ったものも大きいといわざるを得ない。
ただし、じゃあ今、ライガーにIWGPヘビーをといっても、やっぱりそれはもう遅いんだよなあ。だから今やるべきことは邪道外道をIWGPヘビー級タッグ王者に、かな。(こっちは贔屓の引き倒しも含めて^^;)
■芸能界(女優/アイドル/タレント)とのコラボ
インリンはハッスルに取られてしまったわけだが、あれは本来は新日本の仕事でしょ。ん?新日本とアイドル?、水と油だよ、と思われる方も多いでしょうが、ようは使い方の問題。だってかつて猪木のヨメが倍賞美津子だったというのは有形無形のメジャー感を新日本プロレスに与えていたわけじゃない。(後日、30周年セレモニーでリングに上がったときのオーラも凄かったね)今の芸能界がいいかどうかはまた別の話として、泥臭い男の世界には、実は華やかな女性の姿が必需品なわけで、どこかにそれを感じさせなきゃつまらないということだ。棚橋も木端タレントに刺されている場合じゃないよ、本当に。
■ガイジン復活
これも全日本にやられちゃってるなあ。もう米国での知名度がどうだかという時代じゃないんだから、新日本は自前のガイジン育成にもっと積極的になるべき。まあそのためにLA道場なんてのがあるわけだが・・・いろいろと事情がテンコ盛りのようだから(苦笑)、あまりそこら辺はつっこむのをよそう。でもガイジンは必要だよ。そこまでカネがまわらないというのなら、今いるアイツとかコイツとかの年俸をカット、もしくはリストラということで。
■新日本ブランドの映画/テレビドラマ製作
自前が無理なら、全面協力でも可。ドラマでなくドキュメンタリーでもいい。これは何を促しているのかというと・・・ぶっちゃけ、カミングアウトだったりする。まあカミングアウトの度合いは調整するべきだし、なんでもかんでもいえばいいってもんじゃあないけれど、「プロレスってこういうものなんだよ」ということと「だからプロレスは素晴らしい(おもしろいんだよ)」ということを世間に積極的にアピールするというか、対世間にはこういう闘い方もあるよ、というか。いっそ『流血の魔術、最強の演技』の映画化に新日本が全面協力・・・なんて天地がひっくり返ってもないだろうけど(笑)、ただ客は入りまっせ。
他にもハード面やリング上の試合内容、テレビ中継、興行スタイルなどでの新提案や改善ポイントもあるけれど、長くなってきたので、今回はここまで。でもとり急ぎ充分でしょ、この一連の衝撃的なアイデアだけでも(笑)。衝撃、刺激、過激。それがなくっちゃ新日本じゃないからね。ぼくの新日本プロレス愛ゆえにのストロングスタイルなプランということですよ。実現は無理だろうけど(^^;
まあ、とにかく、がんばれ新日本プロレス!!