2008/08/01

最近見た映画

Rwanda02
ホテル・ルワンダ 監督:テリー・ジョージ
「ルワンダの大虐殺」を描いて評判になった映画。
ルワンダ紛争 wikipedia
ホテル・ルワンダ wikipedia 
白人取材クルーのディレクターがホテルから出る時、従業員に傘を差しかけられ「止めてくれ。恥かしい」と言っていたのが心に残る・・・そうなんだよ、いつだって、その他大勢のぼくらは「恥かしい」。

Next02
仮面ライダー THE NEXT 監督:田﨑竜太
オリジナル「仮面ライダー」が持っていた怪奇性と現代ホラーとを対比させるというアイディアは悪くないが、ショッカーの絡み方や決着の仕方などストーリーとのマッチングが今ひとつだった感じ。むしろ同人的といわれようが、ライダー3人の青春ドラマを盛り上げた方が「新しかった」のでは?

Jumper02
ジャンパー 監督:ダグ・リーマン
"超能力もの"としてよくできた楽しい作品。ストーリー、キャラクター共に単純だが、"絵"を見せる娯楽映画としてはむしろ丁度よい按配に感じる。続編もありそうなので、今度はテレポート能力者以外の超能力者との対決なども見てみたい。って、それじゃX-MENになっちゃうか(笑)

Shotta02
シャタ ギャング・オブ・ジャマイカ 監督:サス・シルベラ
まあ、言ってしまえばVシネ的ギャング映画。
敵のボスが部下が「あのバナナボート野郎」と口を滑らせたときに、「2度とオレの前で移民を侮辱する言葉を吐くんじゃねえ」と一喝するシーンが、なんか印象的だった。
「人生に必要なことは全てギャング映画(ヤクザ映画)に出てくるよ」、とそういうことだ。

Bronx02
ブロンクス・バーニング 監督:アルバート・ピュン
なんか変な映画。とあるギャング組織の物語を寓話風に描いているのだが、なぜそうしたのかの意図はいまいちピンとこない・・・それが豪華な出演者のスケジュール調整と予算によるものだったらガッテンですが(笑)。
スヌープ・ドッグの幽霊(?)役はなかなかはまっていてカッコよかったけどねえ。

Ghost02
ゴーストライダー 監督: マーク・スティーヴン・ジョンソン
これはかなりおもしろかった。この手のヒーロー・ムービーの中でも結構上位にランクしたい作品。骸骨アタマが炎に包まれているという原作コミックのビジュアルからしてものすごいが、それを忠実に、かつカッコよく再現しているのが素晴らしい。また"ヒーローもの"らしくシンプルなストーリーを丁寧に進めているのも、非常にノリやすく、満足できる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/04/24

選挙

選挙 監督:想田和弘
ナレーション無し、音楽無し、テロップやエフェクトもほとんど無しのストイックな作りのドキュメンタリー映画。
監督自らが手がけた撮影、編集の妙味が凄い。全カットに仕掛けられた意図を汲み取るのが楽しい力作ですね。
ちなみに監督は
「ドキュメンタリーには作者のメッセージが必要」という固定概念に真っ向から挑戦し、敢えてメッセージ性を封印。映画を観た観客が自由に観察し、感じ、考え、解釈できる「観察映画」を実現した。
なんて言っているそうですが、ハッキリ言ってこのコメントも「フェイク」でしょう。メッセージ性はビンビン感じますもん。
ぼくがこの映画で感じたのは「この国は土人の国」という身も蓋もないメッセージだったりしますが・・・(^^;

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/04/03

実録・連合赤軍 あさま山荘への道程

実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(2007) 監督:若松孝二

この映画からぼくが感じ取ったことを一言でいうならば、それは、「日本的な在り方だなあ」ということ。
1970年生まれのぼくにとって連合赤軍は歴史でしかない。ただ、その分もしかしたらリアルタイム世代よりも俯瞰して眺められたかもしれないと思う。
この映画の中の若者たちが「目的と手段を取り違え、袋小路へと突き進んでいく」姿は、連合赤軍に特化したことでもなんでもなく、日本の歴史~現在に何度となく見られるものだ。もちろん同様の姿は日本だけでなく世界のあちこちで今も頻繁に見られることでもあるが、ここでぼくが感じた「目的と手段の転換」の様子、その「転換の仕方」が日本的なものなんじゃないか、ということだ。太平洋戦争、オウム、ニ・ニ六事件、ライブドア、耐震偽装、明治維新・・・・・・ここから想起する「日本的な在り方」の類型は枚挙に暇がない。どれもこれも「目的と手段の取り違え」があり、その「転換の仕方」に日本的なものを感じさせる。そしてそれは、家庭や会社、ご近所付き合い、趣味のサークル、スポーツ活動など我々の日常にも、もちろん多く見られるものだ。
克服する必要も無いし克服が出来るとも思わないが、折に触れこの「日本的な在り方」を自覚し可能な範囲で慎重に行動したいとは思う。この「日本的な在り方」の典型が行き着いた悲惨な出来事を描いた作品を見て、ぼくが感じたのはそういうことだ。

なんてとりとめなく書いていて思ったが、やっぱり今でもぼくたちに足りてないのは「勇気」なのかもしれないなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/02/06

仁義なきヤクザ映画中毒

昨年末にWOWOWで放送していた「仁義なき戦い」シリーズを、1月一杯かけて見て、あらためて仁義中毒、ヤクザ映画中毒になりましたっ!

仁義なき戦い(1973)
これは再見。映画前半のスーピーディーな展開はいつ見ても色褪せないよなあ。
仁義なき戦い 広島死闘篇(1973)
こちらも再見…のはずなのだがあまりおぼえていなかった。しかしこれ名作じゃん!
ガキのおれは何を見てたんだろう…馬鹿。千葉ちゃんも欣也も泣けるオトコの役だ。
そして、梶芽衣子がビューティフルです。
仁義なき戦い 代理戦争(1973)
ここから登場の打本昇(加藤武)にめちゃめちゃハマる。あと山城新伍もやっぱりイイ。
仁義なき戦い 頂上作戦(1974)
小林旭、カッチョいいなあ。「仁義」5部作の中ではこれがイチバン好きかも。
仁義なき戦い 完結篇(1974)
宍戸錠、カッチョいいなあ(笑)。オリジナルシリーズ完結篇の寂しさもあるけど、それでも集大成といった感は充分出てる。
デモシーンが素晴らしい(^^;

新仁義なき戦い(1974)
第1作のリミックス・バージョンですが、若山富三郎の存在感(とセコさ)が効いてて、これはこれでオッケーよ。
新仁義なき戦い 組長の首(1975)
ビューティー梶芽衣子が再び「仁義」登場。さらにグラマラス・ダイナマイトひし美ゆり子も出演!
男性陣では成田三樹夫がガンバってますが、2大スーパー女優の前では若干かすむ(^^;
新仁義なき戦い 組長最後の日(1976)
文太の「仁義」はこれが最後。
と思って見ているせいか、今までは毛色の違う役どころだからか、文太の活躍がいつもより熱い、ような気がする。

その後の仁義なき戦いい(1979)
どうやら「仁義」とついてはいるけれどこれは別物、という仁義フリークが多いみたいです。
たしかにぼくもそう思います…が、そうでなくともこれ、素晴らしい映画じゃないですか!
松崎しげるやガッツはもちろん(?)、宇崎竜童の妹にして根津甚八の女房という素敵すぎる役の原田美枝子が良すぎだよ。
そんで、最近読んだ小説『無頼の掟』ともカブる、味わい深いラストシーンもイイんだよねえ。

県警対組織暴力(1975)
「仁義」外伝ともいえそうな面子が揃ったヤクザ映画で、これもまた超傑作。
「仁義」見たあとにこれ見ると文太や梅宮の別の魅力にクラクラします。それぞれのラストも後をひく感じで良い。
北陸代理戦争(1977)
雪国ならではのリンチが満載で北陸の冬を満喫できる映画(笑)。手負いの松方弘樹がやたらときまってる。あと地井武男もイイネ。

現代やくざ 人斬り与太(1972)
「仁義」より前の深作&文太タッグ映画。暴れまわるヤングな文太が見られて楽しい。
人斬り与太 狂犬三兄弟(1972)
一応、前作とシリーズのようですが、話はつながっておりません。
文太と邦衛のコンビネーションももちろん楽しいが、蛇使いの三谷昇とラーメン食べる渚まゆみの印象がすげえデカいっすね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/11/07

最近見た映画-05年11月

シティ・オブ・ゴッド 監督:フェルナンド・メイレレス
話題の映画でしたがようやく見ました。「暴力」を描いた映画としてはトップクラスでしょうね。
この素晴らしい映画を日本の全国の小中学生に是非とも鑑賞していただきたいと思います。きっと彼らの想像を越える社会が世界には存在するのだということを知ることになるでしょう。

許されざる者 監督:三池崇史
※ビデオ/DVDでは「許されざる者 第一章 獅子の決戦」と「許されざる者 第二章 獅子たちの鎮魂歌」の二巻構成
主人公の加藤正也にこそさしたる思い入れはないものの、後はズラリとぼく好みの役者が揃ったマイ・オールスター・ムービー。ダダッとその名を並べれば…藤竜也、松方弘樹、北村一輝、美木良介、石橋蓮司、神山繁、根津甚八、平田満、長門裕之、勝野洋、遠藤憲一、津川雅彦…ネ、ほらスゴイでしょ。それぞれ見せ場もちゃんとあり、持ち味もちゃんと出ているんですが、特にということならばやっぱりこの面子の中でも存在感を発揮できている北村一輝が良かったなあ。それと謎の殺し屋役(!)の平田満も、いかにも三池ムービーのキャラクターという感じで良かったです。う~ん、堪能しましたっ!

SEMI 鳴かない蝉 監督:横井健司
遠藤憲一ファンだったら狂喜乱舞すること請けあいですな。渋くて不器用そうでちょっと情けない遠藤憲一の魅力がぎっしりだ。鈴木紗理奈も思ってたよりはいい感じ。ただし哀川翔は出番も少しだし、物足りない役どころ。もっと遠藤憲一との絡みが欲しかったなあ。

ノックアラウンド・ガイズ 監督:ブライアン・コペルマン
クレジットを見ずに借りたので、冒頭デニス・ホッパーの名が写って大喜び!ただし内容は…よくまとまってるなとは思ったけれど、それだだけだったかなあ。

キャスティング・ディレクター 監督:アンソニー・ドレイザン
とある人にこの映画の主人公(ショーン・ペン)がぼくと似ていると指摘されたので見てみた。
…うん、まあ似てるかな…ただし主人公だけでなく他の登場人物にも満遍なく似ているような気もする。
最低の連中が最低の内容をグタグダくっちゃべる映画ですから、ようはぼくも最低野郎だということか。

超酔拳 監督:ラウ・カーリョン
テレ東深夜に放送していた『超酔拳』。タイトルに惹かれて録画しておいたものを見たら大当たりで楽しかったです。
陳腐なストーリーとチープな映像をものともしない抜群のカンフーアクション。しかも一部ワイヤーなども使うが基本的にはオールドファッションな中国拳法マナーなのにもうっとり。カンフー時の効果音も「これこれ」てな感じだし、そもそも「猿拳+酔拳=無敵!」な設定といい、それに「超酔拳」と安易に名付けちゃう邦題といい、どれもこれも実にいい湯加減。
こういうの見たおっちょこちょいの黒人とかが、怪しげな漢字のタトゥーとか入れちゃうんだろうネ(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/04/25

殺しの軍団

殺しの軍団(2001) 監督:南部英夫

主演の雁龍太郎ってはじめて見る役者だったんだけど、勝新の息子なんですね。見ているときは正直どうなんだろうと思ってたんだけど、それを知るとなんかあれはあれで悪くなかったかな、と思ってしまう辺りぼくもそうとういい加減です。

で、そうなると、この映画の印象って「主役がどうなんだろう?」というのがほぼ感想のすべてだったんで、もうなにも書くことなくなっちゃった。しかし、ならばもう一度見ようとは思わないというのも・・・。
続編があるみたいなんで、そっちは見てみようと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新 GONIN 2~極道番外地

新 GONIN 2~極道番外地(2000) 監督:佐々木正人

やっぱりコレには続編がありました。続編、というか1香港ロケで2作つくったというか。(つくらなきゃならなかったというか)
そしてこれもさらにネクストがありそうな終わり方をするのですが・・・これも狙った終り方なのか、続編へ続けた終わり方なのかはまたもや不明・・・(^^;。こういう芸風の監督さんなんでしょうかね?

的場浩司も阿部寛もいろいろガンバってますが、イマイチの評価は前作と変わらず。前作はカッコつけ過ぎだった宅麻伸は、今回も引き続きカッコつけ過ぎなおいしい役なんだけど、クライマックスでの迷彩服姿が似合わないことこの上なくて萎え。やはり最高だったのは狂ったいやらしい敵役ヤクザにピッタリだった原田大二郎か。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本抗争烈島 牙の如く

日本抗争烈島 牙の如く(2001) 監督:伊藤秀裕

木村一八と 小沢仁志との対立/対比が見事。様式美に徹しすぎな気もするが、よくまとまっているイイ映画。
そしてここでもまた渋い存在感を示すのは山田辰夫。小市民的な地方ヤクザの親分というリアリティあるんだかないんだたな役を好演し、そしてあっけなく散っていきます。しかしそれはハードな殺し屋マシーン木村一八の心にかすかな爪あとを残すこととなり・・・クゥ~、泣けるゥ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/04/18

新・悲しきヒットマン

新・悲しきヒットマン(1995) 監督:望月六郎

しっとりとしたイイ映画です。なんつーかファンタジーなんだよなあ。
あと石橋凌、金山一彦、山田辰夫とくると、伝説のテレビドラマ(個人的に^^;)「教師夏休み物語」(日テレ)を思い出します。あれはおもしろかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新GONIN~極道番外地

新GONIN~極道番外地(2000) 監督:佐々木正人

なぜ「GONIN」という名がついているのかは不明。石井隆のオリジナル(?)「GONIN」と「GONIN2」は共に(特に2は)マイ・フェイバリット・ムービーだったりします。
でもこの映画とはタイトル以外、全然関係ないみたいね。これはありがちなヤクザ映画でした。ラストはああいうつくりということなのか、続編に続くということなのか・・・ちょっと意味が掴めなかった。
主役の的場浩司はあんまりピンとこなかったけれど、金子賢はなかなか好演しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

示談屋

示談屋(2000) 監督:新村良二

なはは。岩城滉一、カッコつけ過ぎ&都合が良すぎ。こりゃ岩城滉一のプロモ映画だね。ハーレー爆走シーンはたしかによかったけどさ、もっともっと追い込まれて欲しかったよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

捜査四課 対 広域暴力団

捜査四課 対 広域暴力団(2000) 監督:早川喜貴

物足りなかったかな。ミステリー仕立ての伏線やラストシーンなどは狙い通りだろうし、なかなか上手いストーリーだなとは思ったけれど。遠藤憲一が不気味で良かっただけに、対する原田龍二が正統派の二枚目過ぎたのかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/04/15

組葬

組葬(2002) 監督:香月秀之

タイトルは当然、組の葬式のこと。
ビデオ屋の棚から手に取ったときは、もっと週刊実話系リアリズムのゴリゴリなヤクザ映画かと思ったのですが、意外とシニカルで乾いた感じのコメディ作品でした。それに、なんだかイイ映画なんで、ビックリ。

やっぱり鯖の兄貴が、イイっすねえ。
あとダメ兄貴(遠藤憲一)の「いっ、一応・・・じゃなくって・・・」という台詞にも爆笑しました。
他にもダメ幹部役の人たち(力也、中野英雄ら)は軒並みイイ感じ。
そして、冒頭で死んじゃう組長役の石橋蓮司は、やはり素晴らしいっす。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本黒社会

日本黒社会 LEY LINES(1999) 監督:三池崇史

ラストのアクションがカッコいい。「カッコつけてるわけじゃないぜ」

竹中直人はいつものように濃い目なのに比べて、あんがいとあっさりな哀川翔が良かったかな。

日本の田舎→歌舞伎町→ブラジルという距離感がうまく表現されている(リアリティの無さも含めて)と思いました。
まあ、マフィアだのトルエンだの売春だのといった意匠をはぶけば、純な青春もの、なんですね、この映画は。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/04/04

ハサミ男

ハサミ男 監督:池田敏春

原作にあった映像化困難なトリックを映像でなければ伝わらないトリックに変換した、その1アイディアが勝因でしょう。
それがミステリー映画としての体裁のみならず、作品全体のトーンを決定づけています。派手さはなくとも細かいディテールまでよく描きこまれた秀作、という印象。
ぼくには少々くどいと思われる箇所もいくつかありましたが、この映画自体の評価を下げるほどではありません。

原作ファン、ミステリーファンならば必見。邦画好きもチェックして損はしない映画だと思います。

【原作】ハサミ男 殊能将之(講談社文庫)

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2005/02/20

スーパーサイズ・ミー

スーパーサイズ・ミー 監督:モーガン・スパーロック

まずはその「マクドナルドの食品だけを1日3食30日間食べつづけるとどうなるか」というアイデアと実践と記録だけで、価値があったと思う。有意義でおもしろい映画ができたという意味で。

ただあまりにもその実験の記録が中心になりすぎていて、いくつか道が分岐して新たな問題提起ともなりうる部分で先に進んでくれず、食い足らなかったという感想もある。
ベジタリアンの彼女と口論になるところなど、もっと突っ込んだとこまで見たかったなあ。実験に入る前の最後の晩餐、彼女によるベジタリアンメニューはちっともおいしそうじゃなかったし、菜食主義が、この映画の目的であろう「現代食文化への警鐘」の一つの答えだとはぼくには思えないからね(スローフードだかも、ちょっと待てよと思っちゃう)。
あと、「マクドナルドを食べること」それ自体が中毒になる、という部分も非常に興味深かったんだけれど、逆に菜食主義やスローフードなど、「正義」への盲信もじゅうぶん中毒になりうるんじゃないだろうか。(念のため、モーガン監督自身はこの映画の中で声高には「正義」を主張していない)「ああ、私は今、正義を実践しているんだわ」とか考えると脳内に快楽物質がジュワーっと充填されちゃう、とか!?

ぼくはあえて「スローフード」とかうたわなくても、ファミレスや居酒屋チェーンのレンジ調理食より、手作りの煮物や佃煮を出してくれるお店の方が好みだし、安い内蔵肉を様々に味付けして炭火で焼いて食べる焼き肉なんかが大好き。食事というのは「生活に必要な栄養の補給」ではなく、舌や鼻や目を、そして脳を楽しませる快楽であり文化だと、ぼくは考えている。だから誰かの手で(自分も含め)つくられた料理を食べること。そのことがそれだけで喜びにつながる。なんでそこに余計な理屈をつけ加えなきゃならないのかねえ?まあ、特に米国でそこまで事態が進行しているということをこの映画から読み取れ、と、そういうことなのかもしれないが。

で、その辺り、マイケル・ムーアにも同様に感じられるところなんだけど、この「スーパーサイズ・ミー」からも、アメリカ的視点をちょくちょく感じてしまう。具体的にはファーストフードの害を指摘する研究者などが、もうすでに煙草や酒の害を「自明なもの」として扱っているところとか。十歩譲って、米国でそれはもう決着済みの「事実」なんだとしても、煙草や酒、またそれを生み出し育んでいる世界中の文化を、「悪」の名のもとに一刀両断してしまうシンプルな知性に、あっさりと追従する気にぼくはなれないよ。世の中を善と悪に2分割して、善が悪を駆逐する世界観。そんなシンプルなアメリカ的視点を保守層だけでなく、どちらかといえばシンパシーを持っているムーアやこのモーガンにも感じられるというが残念だし、なんつーか、米国の現状の深刻さを憂いてしまう。

とかツラツラ書いていますが、この映画を見てわかったことがあと一つ。それはマクドナルド社によると週1回以上の利用者がヘビーユーザーと定義されているということ。なはは、そんじゃ週に2~3回利用しているぼくはヘビーユーザー以上なんじゃないか。
そうなんですよ、実はぼくマクドナルド大好き、ビッグマック大好き、チキンナゲット大好き。人の手でつくる料理も大好きなのと矛盾せずに自分の中ではジャンクフード大好き、という部分が存在しています。まあそれも思いっきり、この映画で語られているマクドナルドのメディア戦略の洗脳を受けているから、というのも知っています。ぼくがガキの頃からもうテレビで大量にマクドナルドのCMは流されていて、しかもそれは子どもを含む家族が幸せそうにマクドナルドで食事をしている映像だったりして、そんでもってまだ離婚する前の両親と休日に中野ブロードウェーで買い物しているときにぼくがねだってマクドナルドにたびたび寄っていて、そこでどちらかというと食の細かったぼくがビッグマックを食べきると、父と母にほめられたりなんかして・・・というぼくの記憶の「構造」なんかも理解はできるけれどさ、今でもなけなしの幸福感を味わうためにビッグマック食っちゃうんだよ、中毒だから。結局、良識派ぶって米国を憂うとか書いてるぼくも、自分の中にある「米国の問題」からは逃げられない。

う~ん、困った。いや、そんなに困ってはいないか。そこんところは今からマクドナルド行ってビッグマックをテイクアウトしてきてからまた考えよう。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2004/11/24

80デイズ

80デイズ 監督:フランク・コラチ
楽しい映画でした・・・と、それだけ(笑)。
とにかく楽しい映画をつくろうという意志が全編にみなぎっていて、それが非常に心地いいね。

さすがにジャッキーやシュワルツェネッガーは、馴染みが深いだけに「なんか老けちゃったな」とかも
見てて思ったりとかしたけど、
「ここぞ!」というタイミングで登場するサモ・ハンには素直にはしゃげたから、
思い出も現実もとにかく全部良しとしよう(^^)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/10/12

お父さんのバックドロップ

お父さんのバックドロップ 監督:李闘士男

1980年にぼくは10歳だった。
ラストのナレーションに含まれるこの一節で、この映画は「ぼくが生涯忘れられない一本」リストの上位にランキングされることになった。ぼくも1980年には10歳で、プロレス好きの同級生に感化されてプロレスを見はじめ(そして今に至る)、口は達者だけど運動はまるでできない、威勢はいいが腕っぷしはからきり弱いチビのガキだったからね。
舞台が大阪なのでそこだけはぼくの場合と違うけれど、大きなショッピングモールや携帯電話、ファミレスやコンビニのまだない(厳密にいえばまだあまりない)時代の風景という点ではぼくの育った街と大差はないように思った。実際に大きくなって大阪に仕事や遊びで行って感じたのは、鶴橋とかいくつかの場所は、中野~沼袋~阿佐ヶ谷~高円寺といったぼくのホームタウンと似ているなってことだったりもしたし。
自転車を乗り回し、つるんでイタズラに興じ(原っぱにマッチで火をつけたり捨てられているテレビを分解したり駄菓子屋でウルトラマンカードを万引きしたり・・・とか)、いわゆる秘密基地でスナック菓子を食べながらプロレスの話もしたしガンダムの話もしたしクラスの女子の話やたわいのないつくり話なんかしてたあの時間が、この映画の中にそっくり写し出されている。

それと、父の不在。
ぼくの両親は、ぼくが小学1年生のときに離婚した。母と暮らすようになってからも月に1度は父のところへ遊びにいったりしていたんだけど、10歳の頃には再び父と母が、今にして思えばたわいのない、諍いをおこし、それきり父のところへ遊びにいくことはなくなった。自覚はあまりないのだが、ぼくがプロレスにのめり込むようになった時期とそれは微妙にクロスしているようにも思える。つまりちょい露悪的にいってみれば、プロレスが「父の不在」の代償行為だったり、もしくは友人からの影響で見はじめたプロレスはぼくが「男性性」を意識し出したことの表れだったり、とかするのかもしれない。まあ、よくある話だ。

父とプロレス。この映画の原作で中島らもがこの二つを結びつけたのには、その物語が書かれた時代のプロレスの風景とも関係があると思う。それはUWFだ。今の人にUWFのなにがそんなに衝撃的だったのかはあまり通じそうにないが「真剣勝負のプロレス」「プロレスの不合理さの排除」「スポーツライクな格闘技」をうたったUWFは、ついぞ「革命」や「闘争」に参加できなかった世代にとっての「父性との闘い」だったという側面はきっとある。父(アントニオ猪木)に挑む息子(前田日明)の姿に、自分自身と自分の親との埋め難いジェネレーション・ギャップやディス・コミュニケーション、まだ古い世代の秩序が色濃く残る社会と後にフリーターなどと名づけられる新たな生き方(だと思っていた)をする自分たち世代との対立などを、きっと皆それぞれが重ね合わせていたに違いない。
そんな時代背景で書かれた「お父さんのバックドロップ」にUファンも含む多くのプロレスファンがためらうことなく涙を流したのは、そんな不毛な対立に嫌気がさしてたからでもあるかもしれないが、それ以上に中島らもが少年時代からずっと誰もが心の中に抱きつづけてきた夢の風景を、鮮やかにそしてベタに、目の前にサラっと具現化してくれたからだと思う。同時期にプロレスの内幕暴露などを続けていたエステル出版の本の中で、たしか鈴木邦男が「プロレスは夢の格闘技」だといっていた。これなんかも決して安直なひらきなおりなんかではなく、「夢の格闘技」というベタなセンテンスに、そうとしか呼びようのない子どもじみた憧れが表現されている、と思う。プロレスを通じてある世代がある人々が、「大人」になったことの一つの表れが「お父さんのバックドロップ」だったのではないかということだ。(さらに同時期にUWFの熱烈な信奉者であった夢枕獏が馬場とブッチャーの試合を高く評価するエッセイを発表したりしていた。これも同じ現象の一つだろう)

そして今、映画「お父さんのバックドロップ」は、単なるノスタルジーなだけでなく、ぼくらのぼくの中にどんなメッセージを残すことになったのか。それに関してはまだ映画の余韻で満たされている今のぼくには見つけられない。1980年に10歳のチビのガキだったぼくは、あたりまえだが1990年に20歳になり2000年に30歳になり、2010年に40歳になる。その間いろいろあったけど、まだあるプロレスはどうなっていくんだろう。日が当たらなくとも全身全霊でスットコドッコイだったぼくらは、この先まだまだどんなバカを続けられるんだろう。
なぜか今年プロレスがモチーフの邦画の上映が続いたことと、ハッスルに象徴されるプロレス業界の混迷と、多くの人が生き難くなっていきそうな時代の流れとの関係性なんかをボンヤリとぼくは、今日も考えている。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2004/08/20

華氏911

華氏911 監督:マイケル・ムーア
「評判のわりにはあんまりおもしろくなかった」とか「単にニュースフィルムつなげただけじゃん。あれがドキュメンタリー?」とか「全然笑えなかったなあ」とか、そういう人も多いんじゃないかな。「コロンバイン」や「ザ・ビッグ・ワン」とはかなり違う作り、ようはムーア自身がカメラと共にアクションを起す、というシーンが中心じゃないので特に日本人観客にはムズかしい内容だったかも。もし興味があってこれから見に行こうと考えている人はムーアの著作「おい、ブッシュ、世界を返せ!」とジョージ・W・ブッシュの独特な言語感覚について書かれた「ブッシュ妄言録」は事前に読んでおいたほうがいいと思います。ただしそれでも頻発されるアメリカのテレビ番組や映画のパロディ、BGMそれ自体がネタになっていて音楽に合わせて編集されていることが旨味な個所などはやっぱり日本人観客には厳しいんだよねえ。単に英語がわからないということ以上に文化の違いはデカいからなあ。本来はアメリカ文化やアメリカ映画が好きな観客にウケても、そうでない客にはなんのことかさっぱりわかんないってタイプの映画なのかもしれないな。
あと日本の客に向いて無さそうなことがもう一つ。なんつーか、例えば悲惨なシーンとかの後にすぐギャグがあったりとか、悲惨過ぎて笑える箇所とか、そういうのを不謹慎と捉える人もいると思うんで、特にムーアが好むジョークはブラックだったり皮肉だったり対象を持ち上げておいて実は貶めていたりだとかが多いから、いわゆる標準的なマジメ日本人だったりする人はけっこう引いちゃうんじゃない。こればっかりは感性の問題だからしょうがないよなあ。該当すると思われる方は、話題作だからといっても無理して見に行く必要は無いと思いますよ。

と、予防線はこのくらいでいいでしょうか。誰に向けてなんのための言い訳を先にしているんだか自分でもよくわかりませんが・・・。でもこういうことを書きたくなっちゃうほど、日本のメディアでの取り上げ方も反ムーアという人たちも、そしてムーア信者だかなんだかしらないけどムーア無条件マンセーの方々とか(とはいえそんな人あまり見かけない気もするんだけどホントにいるのかね?いそうだとは思うけど)どいつもこいつも的外れなことばっか言ってるなあってね、思うんですよ。
だからさあ、先日「ザ・ビッグ・ワン」の感想にも同趣旨のことを書いたんだけど、ムーアの映画はね、娯楽映画なんですよ。しかもこの「華氏911」は今世界中で最も有名な人物の1人、現役アメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュを主演とし、今世界中で最もホットな話題「イラク戦争(対テロ戦争)」を題材にして、世界中の観客に向けて(主にアメリカの観客に向けて、ではあるけどね)マイケル・ムーアが作った傑作娯楽映画であって、それ以外の何物でもないんですってば。ムーア自身だってカンヌ映画祭の記者会見で「自分自身が金曜の夜に観に行きたくなるもの」、「映画館を出た後、そしてその何時間後、何日後、何週間後もその映画の話をしてくれるような楽しい映画を作りたいんだ」「くれぐれも言っておくけど、「華氏911」は政治声明じゃないんだ。他の娯楽映画のように映画館で2時間、楽しんでもらいたいんだ」と発言してるもんね。
そしてぼくはこの映画をたっぷりと楽しんだ。旅客機が貿易センタービルに突っ込んだ報を聞かされながらも慰問先の小学校の教室で呆けているブッシュの表情に爆笑しながら背筋を寒い思いをしたし、航空母艦訪問での得意げなブッシュの映像のBGMとして流れた「アメリカン・ヒーローのテーマ」にも苦笑したし、イラクに派遣され死亡した米兵の母親が息子からの最後の手紙を朗読するシーンでは涙が出たし怒りもした。サウジ大使館前で撮影してたら飛んできた大統領護衛官(だったっけ)とのやり取りや「議員の息子をイラクへ」キャンペーンへの同意を議員たちのところへ求めに行くシーンとかワクワクしたし(冗談とかで反戦運動家なんかが口にしたりこともあるけどマジで直撃する人も珍しいよな)、アメリカでも(もちろん日本でもね~)放送されなかった傷ついたイラク人の子ども、イラク人のバラバラ死体、黒焦げの米兵、イラク人に蹂躙される米兵の死体・・・だとかには目を背けたくなったし(背けなかったけど)、ヘビーなロックを大音量で聴きながら次々にイラク人を射殺する米兵のシーン、作戦開始の合図に「ロックンロール!」と叫ぶ米指揮官とかには、ロックンロール愛好家としてとても胸が痛んだ。
スポーツが普段使わない身体の筋肉をほぐし自らの肉体を思うままに操る快感を伴うものだとしたら、娯楽というのは普段使わない喜怒哀楽の感情をほぐし心を豊かにする快感を伴うものだといえると思う。だからぼくの感情をめちゃめちゃに揺さぶったこの「華氏911」は、最高の娯楽映画なんだ。

マイケル・ムーアはアメリカの一市民として(もちろん同時にセレブとしても)、ブッシュが大統領でいることを望んでいないしできることなら11月の大統領戦で負けさせたいと思っている(そしてこんなことは今さらぼくが書くまでもないほど、世界中で有名だ)。それがムーアの主張だし、この映画でも全編を通じてそれを繰り返す。そしてそれのどこに問題がある?ムーアがムーアの作った映画で持論を主張することに、なんの問題もあるわけないじゃんか。この映画を見て楽しんだぼくらもまた自分のアタマで考えて(その際にこの傑作娯楽映画を見てうけた影響をわざわざ排除する必要もまったくない)、行動すればいいだけなんじゃない。
素直に楽しもうよ、せっかくのおもしろい映画なんだからさ。

【「華氏911」感想リンク!】

>>ついに「華氏911」を見る
>>COMETの「ココログ」
>この映画のすごさは、MMの出すメッセージに賛同する人間に対してすら
>「この映画が描くことを信じてはならない」というメッセージを
>送ってくることだと思う。
激しく同意(^^)。
ここに気付くかどうかで評価は全く変わってくるんだろうなと思う。

>>「華氏911」を見る
>>オレdays
>この3年間、ありとあらゆる911を目にしたけど、
>この映画みたいにあれを描いたのは初めてだと思う。
そうなんですよね~。
いろいろと解釈は分かれるところなんですが(そしてムーアの意図も一つじゃないでしょうね)、
ぼくは「既に世界中で繰り返された映像」と
「今まで(あまり)報道されてこなかった映像」(=イラク人、米兵の死体に代表される)
との対比のための映像処理だったんじゃないかと思います。
それにしても・・・迫力ありすぎでした(^^;。映画館ならではだもんな~。

>>華氏911
>>21st Century Comedy
町山智浩関係コメントへのリンクが便利(^^)
>ここまでひどい状況を笑いにしてポップに見せるところがムーアのえらいところだと思っています。
ぼくはついムーアについて語るときに“ロックンロール”という言葉を使用してしまいますが、
たしかに“ポップ”でもいい、というかその方がわかりいいのかもしれない。

>>『華氏911』を見てきました
>>アジア海外駐在員便利帳
シンガポールでのリアクション。
むむむ・・・なるほど。でも日本の観客もそんなに変わらないかもしれないな~。
ムズかしいのはたしかだったし。

>>華氏911にObjection
>>日々是人生
トラバ返し・・・ってこういうことを指す言葉なのか?
少々納得のいかないTBだったんで、コメントで疑問を述べさせてもらいました。
すぐに、ぼくとしては納得のいくレスを頂けたんで、こちらからもリンクさせてもらいます。
TBってのもいろいろムズかしいもんだねぇ。

>>「自由が燃える温度」について。
>>FKPG!
>9/11以降の出来事で、マスコミが伝えないことだけをつなぎ合わせた映画、
>それが華氏911なのではないかと思う。
なんだか、知ってるつもりになっていたことを、改めて凝縮して見せられた、という気がぼくもします。
ぼくらはいつでも自分のアタマで考えてるつもりになっている・・・ことの根拠を
意外と知らされていない、いや、知ろうとしていないんだなあということを
たとえばムーアの映画を見ると、すごく感じちゃいますよね。

>>「華氏911」ノススメ
>>水川青話
いわゆる感想とは違うアプローチが楽しい(^^)
これに一つでもあてはまる人は見た方がいいよ、という「華氏911」のオススメになっています。

| | コメント (8) | トラックバック (6)

2004/08/09

マッハ!

マッハ! 監督:ブラッチャヤー・ピンゲーオ
トラディショナルでストレートでど真ん中なアクション映画。もちろん誉めてます。おもしろかったなあ。

で、この映画の中で使われている技術は宣伝(や字幕)では「ムエタイ」ということになっているんですが、
試合のシーンや使っている技などでいわゆる「ムエタイ」とは違うかな・・・という部分があったんですよ。公式サイトの「ムエタイとは?」というコンテンツを読んでみると、この映画で見られる技術がムエタイの起源でもある「ムエカチュアク」であるということがわかりました。「現代でもミャンマー(ビルマ)では行われている」との記述もあり、そこではたと思いあたったのが今月号の『紙のプロレス』の「ミャンマー・ラウェイ」特集。先日日本人選手がはじめてラウェイに挑戦した際の同行記事が中心なのだが(ミャンマーvs日本・4対4対抗戦)、記事中に書かれているラウェイの紹介と「マッハ!」で見た技の映像を照らし合わせると、どうやらこのラウェイが「マッハ!」で使われている技術とすごく近いみたいだ。
ラウェイとはズバリ「バーリ・トゥードより危険な格闘技・素手ムエタイ」で、その超過激なルールは「グローブなし、頭突きあり、ヒジあり、投げあり、そして判定なし!」。いやしかし紙プロの写真で見るだけでも戦慄するほどの激しさだなあ。日本のテレビでは放送できないよ、こりゃ。
というわけで、なんとも興味をそそる伝統格闘技「ラウェイ」ですが、それを見るためにはミャンマー(ビルマ)に行くしかなさそう。なので、日本にいながら見てみるには「マッハ!」のようなラウェイを取り入れたアクション映画を楽しむしかなさそうです。乞う続編。そしてラウェイのような未知なる格闘技を他にももっとどんどん知りたいぞ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/07/23

いかレスラー

いかレスラー 監督:河崎実
予想通り、そして多分、製作者の狙い通りに仕上がったんだろう、見事な“腰砕け”エンターティメント映画でした。
主演(?)の西村修(新日本プロレス)の演技は、まあ、顔出しシーンが少なくてよかったね~という感じ。ただし顔つきと肉体の存在感は流石プロ・レスラー。煩悩を追い出す苦行のシーンなんかはこの西村の肉体がなければ成立しなかったかもしれない。
あとプロレスラーと役者の2足のわらじを履いているAKIRAは、カラダも演技もなかなかイケていて、安心して見られました。舞台中心の活躍らしいのですが、もっと映画やテレビドラマでも見たいなあ。船木よりいいかもしれない。
そして西口プロレスの面々もその他大勢レスラーの役で出演していましたが、華麗なバンプ(受け身)でプロレスマニアっぷりを存分に発揮していたのがほほえましかったです。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2004/06/24

ザ・ビッグ・ワン

ザ・ビッグ・ワン 監督:マイケル・ムーア
ムーアが自著のサイン会ツアーで全米各地をまわりながら、その土地土地にある大企業などで問題のあるところ(主に日本でいうところの大量リストラ問題)にアポなし取材をしていく、という内容。ぼくはかなり楽しめました。いろいろ笑ったけど、各地がフラッシュで写し出されるところでのトロント(だったかな)の映像で一番爆笑したなあ。

でね、今夏の「華氏911」公開を控え、昨年の「ボウリング・フォー・コロンバイン」の国内ヒットに引き続き、日本でもいろいろと取り沙汰されることの増えたマイケル・ムーアだけど、ぼくは昨年来のムーア・ファンの一人として、賛成意見にも否定意見にも違和感を感じることが多いです。
まず思うのが、そんなにこの人「政治的」ですかね。まあ、政治家をネタにしたり銃犯罪問題をネタにしたり大企業の労働問題をネタにしたり、さらにはブッシュ批判も含めてムーア自身の意見を映画でも本でも全開にしているわけですから、一般的には「政治的」(もしくは社会派)といえるんでしょうけどね。では、ムーアが「コロンバイン」の記者会見で子どもの頃の体験としてMLK暗殺を語るときに引用したU2の「PRIDE」という曲は「政治的」ですか?その曲は直接MLKのことをうたってるわけだから「政治的」でもいいか。じゃU2という北アイルランド出身のロックバンドは「政治的」ですか?ボーノの顔が政治家みたいだから、それも「政治的」ということにしちゃいましょうか。では、同じロックバンドでも「コロンバイン」のエンディングでかかった「この素晴らしき世界」をうたっているジョーイ・ラモーンがいたラモーンズは・・・?
とか、延々とやっているとキリがないので結論を書きますけど、少なくともぼくは「政治ネタ」をやるから「政治的」だとは全然思わないんですよ、ムーアだろうがいろんなロックバンドだろうが、ね。エンターティメントのネタとして、はたまたロック・ソングやドキュメンタリー映画の一要素たる「作者の主張」として、そこでなにがいわれようとも、作品はすべておもしろいかおもしろくないか(えっともちろんこの場合はfunだけではなくinterestingもだよ)なだけですから。好みの問題としてその主張がぼく個人のものと似通っていた方がよりうれしいといったことはありますけど、そんなの同郷出身の芸能人を応援するのとさしたる違いはないと思います。だから、ムーアの「政治的」主張(もしくは立場)を作品と切り離してほめたたえようが批判しようが、どっちにしろ「そんなんどうでもいいんじゃん。それよりアンタは「コロンバイン」なり他の映画なり著書をおもしろいと思ったのか、どうなのよ」と問いたくなるんですよ、ぼくは。
どうもね、それこそ9・11からこっち、日本もアメリカもそれ以外の国でもシリアスなことをことさらシリアスに考えましょう、みたいなムードがあるみたいで、ぼくはそれがとっても気に入らないんです。シリアスなことに対峙するときにユーモアを忘れないようにしましょう、とか、シリアスなことをシリアスに押し付けてくる連中は危険だよ、とかそういうことをロックや映画や小説で学んできたつもりだし、それはぼくが世界中で一人だけ特殊な受け取り方をしたってことでもないと思うし、そもそもそれって人々にとってすべからく必要なことでしょ、といいたくもなりますなあ。

そして、ムーアは他の優れた表現者たちと同じく「おまえはおまえのロックンロールを踊れ(by江戸アケミ)」というメッセージを発しているだけだと思いますよ。

他にも思うことあるけど、ひとまずここまで。
なんだか舌足らずで、ぼくがいいたいことが今ここに書けているのかどうか心配なんですが、ともかく書くだけは書いておこうと思って書きました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

キューティー・ハニー

キューティー・ハニー 監督:庵野秀明
製作発表後からいろんな意味で心配していたし、試写~公開後もあまりパッとした反応じゃなさそうだし(極力目を通さないように心がけてはいましたが)、なにかと不安だった永井豪原作アニメの実写映画作品ですが、ようやく見ることができ、第一印象としては「そんなに悪くねえじゃん」と思いました。娯楽映画としての必要充分条件は備わっていると感じたし、なんだかやたらと宣伝等で強調されていた“デジタルコミック・シネマ”というのがそんなに仰々しいものではないのにはホッとしたし、佐藤江梨子のハニーをはじめ市川実日子の秋夏子や片桐はいりのゴールド・クローらもなかなか魅力的なキャラクターでした。スケジュールや予算を含めた制作環境が快適だったわけではないんでしょうから、この素材、この状況をとにもかくにも一本の個性のある娯楽映画としてまとめ上げたのは、監督の手柄なんでしょうね。あと旧アニメの主題歌がリアレンジされているとはいえバトル・シーンのBGMに使用されると、やたらと無闇に血が騒ぐのには自分のことながらちょい苦笑しました。やっぱり幼少期の刷り込みってデカいんですねえ。そしてこの辺りのリアルタイム世代への配慮(?)と携帯着信音など数々の特撮パロディネタの多さは、さすがオタク監督の面目躍如といったところでしょう。
ただし、不満もいくつかありまして・・・それはもちろんぼくがガキのときにオリジナルのアニメと漫画に触れていたからなんでしょうけども・・・一番違和感があったのはバトル・モードの「キューティー・ハニー」と日常モードの「如月ハニー」のメリハリがあまり感じられなかったところだな。顔出しのキャラなので実写でやる限りしょうがない、といわれてしまえばそれまでですが。でもぼくの認識では、まわりの男にセクハラされ放題の受け身型キャラ「如月ハニー」が華麗で強いアクション・ヒーロー(ヒロイン、か)「キューティー・ハニー」に変わるのは、あくまでも「コスプレ」なんかではなく仮面ライダーやデビルマンなんかと同じ「変身」なんですよ。サトエリのセリフまわしやストーリー展開(序盤では夏子も敵役組織パンサークローも両ハニーが同一人物だとは気づかない)で演出されてはいましたが、どうもそれがキチンと観客に伝わったとも思えず、またぼく自身も見ていて残念に思いました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/05/17

スクール・オブ・ロック

スクール・オブ・ロック 監督:リチャード・リンクレイター
泣いた泣いた。序盤でクラッシュの「ステイ・フリー」がかかったところからもうずっとほとんど泣きっ放し。
ロックンロールってさ、もちろん音楽だしそして商売もんでもあるんだけどさ、ダメな奴でもデブな奴でもダサい奴でも世界を変えられる(「世界というものは個人の主観である」という認識において)いい方法なんだよね。忌野清志郎も「バカな頭で考えた これはいいアイデアだ 」(「よォーこそ」)ってうたっているし。それにもし鼻がデカいのを気にして鬱屈していたイギリスの若者ピート・タウンゼントがロックンロールというナイスなアイデアに飛びついていなかったら、「マイ・ジェネレーション」が「恋のピンチヒッター」が、世界最強のライブ・ロックバンド、ザ・フーがこの世になかったわけだしさ。
そしてなぜこの映画がこんなにもぼくの涙腺をゆるませるのかといえば、見ているうちに、ぼくも「ロックの学校」に通っていたことを思い出したからなんだ。オンボロ車からデューイが教室にえっちらおっちらギターやアンプ、キーボードを運ぶ姿、「スモーク・オン・ザ・ウォーター」のリフをみようみまねで爪弾くザック、ロックてのがどんなに魅力的なのかを熱弁するデューイとフーやジミヘンのビデオを食入るように見つめる生徒たち、ドラムを練習とともにスティック飛ばしの練習も欠かさないフレディ、そのどれもこれも、ぼくは既に知っている、かつてのぼくやぼくたちの姿だ。
どんどん言葉使いが悪くなっていき(ああでも、この映画は決定的に下品な言葉は登場人物に使わせてはいないんだよな。正解でしょ、リアルタイムの子どもたちにも見せてやりたいからね)、悪知恵という名のサヴァイバル・アイテムを手に入れていく彼らを見て、ぼくがどうやって今ここにいるのかを追体験するようだった。
クライマックス直前、デューイは「ロックの神様」に祈りをささげるシーンがあるが、それがまたイカしていて、ぼくはもう完全に涙を拭うことをあきらめた。デューイが感謝していたのは「チャンス」に対してなんだよね、知っていたよ、それも。「ロックの神様」がぼくらにくれるのは常に「いいアイデア」と「チャンス」のバリュー・セット。結果や成功が予め約束されている・・・なんていう甘いデザート付きのフルコースなんかじゃないんだよ。「いいアイデア」と「チャンス」があれば、あとはロックするだけ。さあ、行け。徹底的にやれ。バンドもシンガーも観客もマネージャーも舞台袖もアンプもコンソールも特効もステージもホールもガキも大人も男も女もPTAもビジネスマンも猫も杓子もどいつもこいつもロックするなら、それが最高ってことだよね。

>>ロックのトリビアMSN映画情報『スクール・オブ・ロック』
>>劇中の授業で使われるロック・ツリーの黒板書きに解説をつけています。さあ、勉強しよう。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2004/04/04

東京原発

東京原発 監督:山川元
怖い怖い怖い怖い映画。
80年代後半のいわゆる反原発ブーム時のバイブル的存在だった広瀬隆「危険な話」を彷彿させる日本の原子力発電に関してのロジックが迫ってくる映画前半部の会議室シーンも、もちろん怖い。
しかし、それは後半のアクション映画的サスペンスをよりスリリングに迎えるための「複線」でもあった、という展開がしみじみと怖い。
さらに見終わって夜の街に出てから、あらためて映画のどこまでがフィクションでどれとどれがリアルな情報なのかを考えると、背筋がゾクっとする怖さがあった。
ぼくが一番怖かった台詞は、「どうして知ってるんだ?」という対策本部での天馬都知事の怒声。これ以上劇中ではこの件について触れられないんだが、逆にそれが不気味な想像をかきたてているようで、実に怖い。

といってもこの映画は日本が誇る名優たちの達者な演技によるコメディだし、東京都ロケをふんだんに盛りこんだエンターティメントだ。でも、それさえもそれぞれがこの映画の怖さをより増大させる効果を併せ持つわけで、やはりどうにも怖い映画だったとしか言えそうにない。

| | コメント (0) | トラックバック (21)

2004/03/12

OUT

OUT 監督:平山秀之

原田美枝子かっこいい。この人、年とってどんどんかっこよくなるなあ。スケート場のシーンとか毅然としたかっこよさと色気と、そんでスケートするときの可憐さが加わってちょっとすごいことになっておりました。
映画としては、4人の女性の追いつめられ方にもう一つ緊張感が足りなかったり(うん、まあそれは狙いなのかもしれないけども)、ラストシーンとそこに至る過程(北海道に行ってからね)がいささか唐突だったりとかで、そんなに好印象ではないんですが、この映画は原田美枝子を堪能するためにある!と考えれば、見て損は全くしないっすね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/02/26

東京原発

3月13日公開。これは見なくちゃ。
公式サイト

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/02/24

この世の外へ クラブ進駐軍

■「この世の外へ クラブ進駐軍
アメリカによる(と思われる)世界規模の混乱と搾取、利権の1点集中には辟易としていますから、今のアメリカを支持するかといえば、はっきりと不支持を表明します。ただしコーラとハンバーガー、ロックンロールとジャズ、映画と文学、さらにはアメリカ直輸入のプロレスリングという興行の愛好者でもあるぼくには、それらが自らのアイデンティティを構成している自覚もあり、いくらアメリカ合衆国とその政府に嫌気がさしているといえども、「アメリカ」そのものを否定することは難しいのです。この手のことを文化による世界戦略としてそのこと自体を批判するむきもあり、さしずめこんなことをいってるぼくなどはその恰好の標的になってしまうだろう。まあ、今の日本では良きにつけ悪しきにつけアメリカを敵視する必要はないため、こんな矛盾をはらんだままでも生きていけるし、実際同じ思いをいだいている人も多いだろうし、それほど深刻に悩むようなことではないのかもしれない。でももしある日、戦前のような「敵性文化」という概念が浮上してロックやジャズ、映画やプロレスが禁止されてしまったら・・・自分はどうなってしまうのだろうという漠然とした不安を拭いさることもできない。現に(戦前とは違う要因からだけど)「レコード輸入権」のような法律もできちゃっていることだし、これがまったくの杞憂だったらいいんだけれども。

というような思いを日々抱いているぼくは、この映画の登場人物が戦時中、押入れに蓄音機を持ち込んでジャズを聴いていたという場面に激しく惹きこまれてしまった。文化とアイデンティティとの結びつきは、ある人にとっては政治や思想をはるかに越える場合がある、あるに決まってるじゃねえか、ということだ。それが外国のものだからとか国内のものだからなんていう線引きは簡単にできたりはしないのよ。アメリカ産のジャズが日本人にわかるわけない、できるわけないなんて意見も、まあ一理あるのかもしれないが、ある個人の感性に関して、いつもあてはまるとはいえないでしょ。じゃあ白人には黒人(アフロ・アメリカン)が産んだジャズが正しく理解できているとはいえるのか(というような場面もこの映画には出てくるが)。そもそもジャズを産んだアフロ・アメリカンという人々は、ヨーロッパ白人がアフリカ大陸から無理矢理ひっ剥がしてきたんじゃないか。だったらジャズは奴隷制を考えた奴が間接的に発明したということになるのか。ならねえだろ、そんなバカな話には。

それにしてもオダギリ・ジョー演じるドラマー、池島昌三は良かったな。前記の場面での台詞「おれ、よくわかんないけど、好きですよ、ジャズ」もたまらなかったし、飲み屋でケンカするラッキーストライカーズのメンバーへのめちゃくちゃな説教(逆ギレ?)をする場面も最高。その一方で、このお調子者で子どもっぽい青年には故郷の長崎に被爆した両親とその面倒をみる妹がおり、その生活費を稼いで送らなくてはならない現実も抱えている。この映画では池島に限らず、皆に生活~音楽~戦争という要素が矛盾を孕みつつも一直線につながっているのだ。これって戦後の物語だからなのか。いや、現在にも通じるリアリティだとぼくは思う。

ラスト、米軍基地内のクラブで軍曹が朝鮮戦争に送られる兵士の名を指名する場面。それとイラクへと向かう陸上自衛隊のニュースを重ねあわせることが不自然だとは思えない。
ジャズを通じて知り合った米兵ラッセルに萩原聖人が演じる、元日本兵、広岡健太郎がたずねる「なんでまた戦争に行くんだ?」。ラッセルは「今は何を言っても言い訳になるだろう」とこたえる。こんなむなしいやりとりをぼくたちはあと何十年続けなきゃなんないのだろう。ま、いいや。こんな気持ちになれるだけでも、こんなことをうすらぼんやりとでも考えられただけでも、ぼくはずっと映画やジャズに感謝し続けられる。それだって大切なことだろう?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/02/16

ゼブラーマン

■「ゼブラーマン」見てきました。テレビ/雑誌での前煽りの嵐を無傷(ネタバレ見ずに)で通り過ぎるためにとっとと見ることにしたんですよ。もうなんつーかごくごくシンプルなお話なんで、ちょっとでも気になる人はすぐ見にいったほうがいいと思います。情報を仕入れれば仕入れるほど、劇場で確認作業になってしまいますからねえ。ってここも読まないほうがいいかもしれないんだけどさあ。なのでとくに感想は書きません。もし他にも見てきた人がいたら掲示板にスレ建てといたんでそっちで語り合いましょう・・・いい映画ですからね、好きですよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)