2007/11/03

三笑亭夢之助が「気が散る」と手話通訳者外に出し謝罪

三笑亭夢之助が「気が散る」と手話通訳者外に出し謝罪
 落語家の三笑亭夢之助(58)が9月17日、島根県で行われた敬老会での独演会の中で聴覚障害者のための手話通訳者に退場を求めていたことが、ネットで様々な意見を呼んでいる.........≪続きを読む≫


事の是非、夢之助師匠の発言内容、また「気が散る」かどうか、は、ひとまず置いておいて、そもそも落語を手話で表現できるのだろうか、ということが気にかかります。
落語の話のストーリーを追うカタチになるのだろうけど、ストーリーを理解したからといって「落語を聴いた」ことにはなり得ません。ストーリーを追いかけるのならば、同じネタをいろんな落語家が高座にかけていることや同じ演者の同じネタを何度も聴くという行為が全く成立しませんからねえ。
そういえば何処にも出ていないけれど、ネタはなんだったんだろう。「時そば」や「青菜」のような、繰り返し構造の噺だった場合、ホントにどういうカタチになるんだろう。

という基本的な疑問に応えてくれるニュースが無いんですよね。そこんところを理解しないで賛成も反対も無いだろう、と思うのですが・・・(^^;

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/10/19

亀田メモ

・試合中の反則行為
→ これはひどかった。会社のテレビで見てたんだけど、ひど過ぎて皆、爆笑してた。もちろん内藤選手の選手生命にも関わったかもしれない行為だったので、本来笑っている場合ではないのですが。
  笑ったのは、ある意味「こうするしかない」のが見え見えだったからで、つまり大毅選手は1Rのときの「スーパーガード殺法」からもわかるように、如何ともし難い実力差を埋めるという方向性でしか、この試合を組み立てられなかったってこと。まあ思い切って言ってしまえば内藤選手も大毅選手も、ヘボなマッチメイクの犠牲者。

・亀田家の実力
→ なんだかんだで視聴率は28%。今の地上波でこんなに数字取るコンテンツはそうそう無い。おまけに今のゴタゴタでワイドショーの枠も埋まりまくっているしね。巨人戦の視聴率が下がっているのは巨人ファンが減ったというよりも“アンチ巨人”と呼ばれていた他球団ファンの視聴者層がCS等で贔屓チームの試合を見るようになったから・・・という気もするし、結局“おばけ”な数字はアンチが存在しないと達成できない。視聴者があきれて興味を失えば亀田家なんてあっという間にブラウン管(やらプラズマ画面)から姿を消すはず。実は亀田家を支えているのは顔を真っ赤にして怒っている人たちという矛盾、というか皮肉。

・ボクシング
→ 「正々堂々と素晴らしい内容の世界戦」があったとして、それに見向きもしないだろう人々が「ボクシングとは?」、「スポーツとは?」と上から目線でものを言うのは、うすらみっともないと思う。ぼくもボクシングには詳しくないので、そんな大上段な意見は言う気もないし持ってもいません。

・亀田家の謝罪
→ 必要ないとまでは言わないけれど、「世間」が何を求めているのか誰にもわからない以上、どんな形での謝罪も受け入れられないんじゃない。大毅の謝罪を、当事者の内藤が受け入れているんだから、謝罪の件は終了していると思う。
  あと大毅のアポ無しの件だけど、確か落語界で真打昇進等の報告の際に先輩のところを訪れるときは事前に電話で在宅を確かめるのはかえって失礼にあたるとして、本人が居るタイミングまで何度でも「アポ無し」で訪ねるのが礼儀とされるらしいです。まあ、大毅は落語家じゃないけどさ(^^; こんなことも含め、なんかいちいち彼らの行動の一つ一つをあげつらって、その不備を責めるという風潮が・・・どうなんだろうねえ。

・亀田家の今後
→ 「大毅の再生」~「興毅の奮闘」~「大毅の独立」~「興毅vs大毅、涙の対決」(ここまで史郎は露出少)~「大毅、引退」(史郎復活)~「和毅、鮮烈日本デビュー」・・・
  まあ、こんなにつきあってられませんけど(笑)。ただし亀田家が持ち上げられた経緯からすると、兄弟愛やら親子愛が絡む場面になれば、その都度注目は集まると思う。結局、みんなが見たいのはボクシングじゃなくて、「キャラの立った家族」だからね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/08/14

ぼくの「靖国問題」

おそらく明日、小泉首相は靖国神社に参拝するのだろう。中国・韓国からの反発は必死だろうし、新聞や雑誌、放送やネットでもあらためて賛否を問わず意見が百出することだろう。なので、その前にぼくも自分の意見というか考え方をまとめておきたいと思う。

まず簡単にいうと、8月15日の小泉首相の靖国参拝には反対である。その理由はいくつかあるが、これを読んだときに、その所謂「靖国問題」との距離のとり方に共感できた坪内祐三の文章を引用してみたい。

(前略)八月十五日に、靖国神社は、特別な行事を行わない。だから、その日に靖国神社に参拝に行っても、「御霊」たちと交信することは出来ない。(中略)もし「英霊」たちの「御霊」と交信したいのなら、七月十五日のいわゆる盂蘭盆に合わせて、戦後、一九四七(昭和二十二)年に創設された「みたままつり」がある。八月十五日に参拝するのなら、まだ、七月十五日の「みたままつり」に参拝する方が、それなりの筋が通る。
私は、小泉首相に、八月十五日の「公式参拝」を見送って、この秋の、秋季例大祭での「公式参拝」復活を望みたい。三木武夫以前の歴代総理がそうしていたように。そしてその時には、ボディガードなど連れてきて欲しくないし、今や有料駐車場になってしまった招魂斎庭跡も訪れて、その様子をしっかりと目にやきつけていってもらいたい

from : 靖国神社と「靖国問題」『後ろ向きで前へ進む』坪内祐三

いきなり引用が少し長くなってしまったが、ぼくが是非この文章と対比させたいと思ったのは、次のような小泉首相の発言である。

私は、総理大臣就任以来、心ならずも戦争で命を落とさざるを得なかった方々へ哀悼の誠を捧げるために、毎年一度靖国神社に参拝しています。
(中略)私を批判するマスコミや識者の人々の意見を突き詰めていくと、中国が反対しているから靖国参拝はやめた方がいい、中国の嫌がることはしない方がいいということになるように思えてなりません。
そういうマスコミや識者の方々は、思想及び良心の自由をどう捉えているのでしょうか。戦没者に対して、敬意と感謝の気持ちを表わすことはよいことなのでしょうか、悪いことなのでしょうか。

from : 小泉内閣メールマガジン 第245号

先の坪内氏の文章よりも格段に歯切れのよい、実にわかりやすい小泉首相の発言だ。特に引用した最後の部分の「よいことなのでしょうか、悪いことなのでしょうか」は、ちょっとこれ以上ないくらいにわかりやすい。小泉首相にとって「靖国問題」とは、いいか/悪いか、なんですな。でも本当にそれでいいの?

ぼくは小泉首相の8月15日靖国参拝には反対ですが、と同時に、中国・韓国による「靖国問題」への批判の一部は内政干渉にあたると思うし、特に中国のように外交カード化するやり方には反感を持っています。
・・・ほら、少なくともぼくは「中国が反対しているからやめろ」論者ではないでしょ。
中国に対しては毅然とした態度とねばり強い努力で「靖国問題」のダマになった部分を解きほぐすような説得が必要です。そしてそれは、靖国神社に問題があるという前提に立ったとしても、決して「A級戦犯合祀」が中心となるようなことではないと思います。ぼくは明治維新以降のこの国がどういう風にデザインされていったかという流れと分けて、靖国神社(旧・東京招魂社)のことを考えるのには意味がないと考えます。靖国神社は「太平洋戦争」専用神社ではありません。どうも歴史認識がどうだとか意見に幅が出るような議論には熱心な人が国の内外を問わず多いような気がしてならないのですが、靖国神社は1869(明治2)年に戊辰戦争の官軍戦死者を追悼するために建てられた、という基本的な事実とそこからの考察によって立つ議論を踏まえないと、毅然とした立場で中国・韓国を説得する意見もまとまりようがないのではないでしょうか。
ぼくが「靖国問題」で考えたいのは、まさにそのことで、「日本国内での靖国神社の位置づけをはっきりさせる」ことが重要かつ最大のポイントである、ということです。素朴な疑問として、A級・B級・C級(これもわかりやすい記号ですネ)がどうこうよりも、官軍の戦死者を祀る施設に、主に太平洋戦争時に「戦死ではない」人、各戦犯や戦地で戦闘行為以外で亡くなった人や朝鮮・台湾などから徴用された人が祀られている一方で、広島・長崎の原爆犠牲者(広島は軍需産業の都市だったから原爆投下目標にされたという説をとるのであれば尚更)や沖縄戦の犠牲者(仮に本州が地上戦になっていた場合にそこで抵抗したり虐殺された日本人は靖国に追悼されていたのでしょうか)ことの「矛盾」が、気になってしまいます。もちろんそれはぼく個人の勉強不足であって、いろいろと興味を持って調べていけば、解決されうる疑問なのかもしれません。
ただそういった靖国神社に関するさまざまな疑問や考え方が、「いいか/悪いか」「中国に味方するのか/しないのか」などのわかりやすい単純なものの見方の持つ大きなローラーの如きパワーの前に塗りつぶされてしまう危機感、これこそが「靖国問題」の問題なんじゃないでしょうか。

ぼくが小泉首相の8月15日靖国参拝には反対なのは(まあ、あえてこう書いていますが過去の別日の参拝にも反対でした)、首相の発言や姿勢の中に、靖国神社という施設への理解や意識、ひいては日本という国への理解や意識が見えてこないからです。曖昧なのか、単純なのか・・・。いずれにしろ「心ならずも戦争で命を落とさざるを得なかった方々へ哀悼の誠を捧げる」のにふさわしい態度ではないと思います。「公約だから守る」「心の問題だ」というのは、行きたいから行くといっているだけであって、小学生が意地をはって半袖半ズボンで皆勤賞を貰う(今どきそんな子はいないかも)のと同じですよ。そこにわかりやすさは合っても、国内で問題を議論したり、外国を説得できるような姿勢が望めないことは明らかです。

国を愛するということは、国の矛盾に目をつむることとイコールではないし、伝統や文化を継承するということは、歴史から適当に都合の良い部分をピックアップしてきてコピー&ペーストすることとイコールでは無い筈です。

場当たりの方便として、国や伝統や心や平和といった言葉を安易に使うべきではありません。それこそが先人たちの思いを冒涜していると感じるのはぼくだけでしょうか。


最後に、大いに余談ですが、さっき「招魂」と変換しようとしたときに「商魂」と出てきて、しばらく眺めてしまいました(^^;
商魂かあ、今の日本にはぴったりだなのかもなあ、と思って、ネ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/02/24

電気用品安全法(PSE法)

まったく、何から書いていいのかわかりませんが……。あきれかえっております。

まずはなにはともあれ署名をリンク。同法の問題点も簡潔にまとめてあります。
>>電気用品安全法(PSE法)に対する署名

より詳しくはこちらのまとめサイトで
>>電気用品安全法に反対します

民主党、川内博史氏のblogでも話題になっております。
>>正々堂々blog

あと音楽評論家でMEMORY LABレーベル・オーナーの高橋健太郎氏のblogでも問題点、疑問点などかなりわかりやすく書かれております。
>>owner's log


…とまあ、本来ならばぼくの意見表明もしなきゃイカンところなんですが、知れば知るほどため息ばかりというかなんというかで、
なかなかコトバが出てきません。怒りとあきらめと悲しみとが渦巻いて混乱しております。
どーして、こーいうことになるんかなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/11/03

新憲法草案

自民党の新憲法草案(※pdfファイル)を読んだけどさあ。
内容変更ではなく、旧かなづかい的だったりとか訳文調のところを現代表現に直すだけの個所ってのもいっぱいあるんだね。
いっそのこと前文も一条も九条もそのまんまで、文字訂正だけの憲法改正ってのはどうなんだろう。やっぱり「それじゃイヤ」、「それでもダメ」ってことになるのかね?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/08/24

衆院選-(1)

ぼくは大前提として「郵政民営化」には賛成です。なんですが、今のタイミングは、ちょっと待て、と思っちゃうんですよね。郵政公社での「実験」の結果を判断してからでも遅くないんじゃない?
あんまり「急いで」郵政民営化法案を通そうとしてると・・・なんだかそれはそれで「そのウラ」勘ぐりたくなってくるというか。ホントかウソかは知らないけど、米国の思惑説、米国への「おみやげ」説とか、(あえて開き直るが)不勉強な一国民としては、そういう安直な陰謀説に惹かれてしまうというか。

なので、今回の衆院選が小泉政権への信任投票なのだとしたら、ぼくは自民党へは入れづらい。とはいえ、他の野党がぼくの感じている不信感を払拭してくれる対案を出す気配もないので、ますます困ってしまう。

いやまあ、投票には行きますけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005/08/15

杉並区が扶桑社歴史教科書を採択

杉並、扶桑社歴史教科書を採択 23区初、区立中学生2100人使用

教科書問題なんてどーでもいい。

ぼくにとって教科書なんて、4月に手に入れると、ヒマな時間―――主に授業中に、パラパラと読みすすめて1~2週のうちに読み終えてしまうものでしかなかった(ただし数学と物理を除く^^;)。そして見事なくらい、その中身なんておぼえていない。同様に授業中に読んだ『仮面の告白』や『われらの時代』、『アルジャーノンに花束を』、『アストロ球団』なんかはしっかりとおぼえているのに比べても、だ。

およそまともな(当社比)子どもならば、教科書なんておもしろくない、つまんねえ本でしかないハズだ。スプリングスティーンも「授業よりも3分間のレコードから多くのことを学んだ」とうたってる。だから教科書になにが書いてあったってかまわないし、どっちにしろつまらねえんだからどーだっていいや。

とはいえ、先日、書店で平積みにされていた『新しい歴史教科書』を発見したので、パラパラと立ち読みしてみた。ん~、やっぱりつまんないね。教科書っつうのはつまんねえもんだというのを再確認しただけ。購入していないので、具体的な記述がどーだとかこーだとかは書けません。読む気もしないので書く気もしないとそういうことです。

で、一方で、というか、直接の関係はない話題だが、都内のコンビニでは現在、アダルトコミックだとかエロ本だとかに透明なシールが貼られて中身が確認できないようになっている。不便、っちゃ不便だ(笑)。どうやら「青少年を健全に育成する」なんてお題目を掲げての「有害図書」だの「淫行条例」だの、いつものことといえばいつものことだが、そんなものを求める声がまたまた大きくなってきているみたい。歌舞伎町も「浄化」されちゃってるし。「子どもたちに正しい自国の歴史を」と「子どもたちを戦場に送るな」のどっちチームが、このことに、より熱心なのかは知らないが(この件に関しては手と手を取り合ってるのかもしれないが・笑)、全部まとめて共通する不快感を、ぼくは感じる。まともな子どもは、そんな「正しく健全な」ものなんて大嫌いに決まっている。「子どもたち」に必要なのは、エロ映画の看板でありアイドルの水着写真であり刺激的でおもしろい本やマンガ、ようするに「正しい」大人が眉をひそめるようなものすべて、だ。もし「清く正しく健全な」教育を受けた子どもたちが、そのまま大きくなってこっち(大人の世界)に来るようなことになったら、追い返してやる。
もっとも「正しい世界・価値観」がまったくない世の中なんてことになれば、それはそれで問題だろう。不健全や反抗が、ちっともおもしろくなくなるから、という理由でね。だから「正しい世界・価値観」を標榜する連中は、従来通りに好きにやってくれてかまわねえです。こっちも今まで通りにやらせてもらうから。そして、まともな子どもは「何が正しいか」でなく「何がおもしろいか」を、今まで通りキチンとわかってるハズ。だから右だか左だか、くまさんチームだかうさぎさんチームだか知らないが、大人になっても「球技大会」や「弁論大会」がやりたいやつらは、どうぞお好きなように。

だから、もう、ホントに、まったくもって、教科書問題なんてどーでもいい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/10/22

人殺しマン参上!

殺人予告:「小学校に参上」とネットに 30歳男逮捕

2ちゃんに「人殺しマン参上!今日の午後惨事に神奈川の平塚市立花水小学校に参上します」と書き込みして逮捕された30歳無職男のニュース。
とにかくこの「人殺しマン」というネーミングセンスに脱帽。あまりにストレート過ぎて、もしフィクションで使ったら「こんな奴いねーよ」と確実に突っ込まれそう。いやあ、リアルなバカの考えることって本当に想像を絶するほど素晴らしいね。
「人殺しマン」かあ・・・。オレがアメリカの田舎でガレージ・バンドやってたら早速バンド名に引用するな。そんで腕にタトゥーも入れちゃうの。細い生白い腕に「人殺しマン参上!」。絶対売れそうにないけど、フジロックになら呼んでくれる・・・かなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/07/03

参議院議員選挙

7・11参議院議員選挙
ようは今回の参院選って、イラク特措法~自衛隊多国籍軍参加、年金制度改革法、そして音楽愛好家には大変話題になった著作権法改正(輸入CD規制問題)と、ここ1年くらいに自民党と公明党の与党がしたことをどう評価するかっていうのを自分の一票に反映させればいいわけですよね。
ぼくは今の与党政権とは意見の相違があるので、野党に投票します。
ただ、比例代表に関してはわりとすんなり決まるんだけども、選挙区選挙・・・ぼくは都民なので東京都選出候補者の中から選ぶことになるんですが・・・これはちょっと困ってしまうラインナップだなあ。好みでいえばぼくが尊敬する人の一人である青島幸男でもいいんだけど、昭和7年生まれって親父(故人)と同い年なんだね、なんかもう今さらという気もするんだよねえ。かといって民主党候補の小川敏夫にも蓮舫にもなんだか共感できないし。そして全国でも注目のますもと照明・・・なんでこの人東京選挙区からなんでしょうか?もっと適切な選挙区はなかったんでしょうかね。拉致問題以外の政策なり目標なりが見えないと投票しづらいんだよなあ。まあ、今回に関しては白票を投じる気はないんで他の候補も含め誰かに入れようとは思いますが、どうやって判断しようか・・・。鉛筆でも転がすかね。

| | コメント (0) | トラックバック (3)